千葉地方裁判所 平成3年(ワ)841号 判決 1994年2月22日
反訴原告
織戸高夫
ほか一名
反訴被告
川崎徹雄
ほか一名
主文
一 反訴被告らは、反訴原告織戸高夫に対し、連帯して、金二一六万五七二〇円及びこれに対する平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告織戸高夫のその余の請求及び反訴原告有限会社織戸商事の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、反訴原告織戸高夫と反訴被告らとの間に生じた費用はこれを五分し、その四を同反訴原告の、その余を反訴被告らの各負担とし、反訴原告有限会社織戸商事と反訴被告らとの間に生じた費用は同反訴原告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
1 反訴被告らは、反訴原告織戸高夫(以下「反訴原告織戸」という。)に対し、連帯して、金九〇七万一〇二五円及びこれに対する平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 反訴被告らは、反訴原告有限会社織戸商事(以下「反訴原告会社」という。)に対し、連帯して、金五七四万二〇三七円及びこれに対する平成二年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、普通乗用自動車に衝突されて負傷した普通乗用自動車の運転者及び同人が代表取締役である会社が、加害車両の保有者に対し自賠法三条に基づき、運転者に対し民法七〇九条に基づき、それぞれ不真正連帯債務である損害賠償債務の履行を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故の発生
原告は、左記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた。
(一) 発生日時 平成二年六月九日午前九時二五分ころ
(二) 発生場所 千葉県船橋市宮本町九丁目八番地先路上
(三) 事故態様 反訴被告川崎亮司(以下「反訴被告亮司」という。)が、右日時ころ、普通乗用自動車(横浜五七ゆ五一三八、以下「加害車両」という。)を運転して右場所付近の交差点(以下「本件交差点」という。)に進入した際、スリツプし、回転状態(スピン状態)となり、反対車線に侵入し、同車線を進行してきた反訴原告織戸が運転する普通乗用自動車(習志野三三の七一〇九、以下「被害車両」という。)の右側面に加害車両の右前部を衝突させた。
2 責任原因
反訴被告川崎徹雄は、加害車両の所有者であつて、自己のためにこれを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、反訴被告亮司は、安全運転義務に違反して本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、本件事故による損害を賠償する責任を負う。
3 争いのない反訴原告織戸の損害(合計金一三三万六二三五円)
(一) 治療費 金一〇六万三二九〇円
(二) 鳩の訓練士代 金二五万円
(三) コルセツト代 金二万二九四五円
4 損害の填補
反訴原告織戸は、本件事故による損害の填補として保険会社から合計金三二六万三九一五円の支払を受けた。
二 争点
本件の争点は、右一3以外の反訴原告らの損害の有無及びその額である。
1 反訴原告らの主張
(一) 反訴原告織戸の損害について
(1) 反訴原告織戸は、本件事故により頸椎捻挫、左肘・左肩・右足挫傷、全身打撲等の傷害を負い、本件事故当日の平成二年六月九日から同月一一日まで花輪ケ丘病院に、同月一一日から同月三〇日まで北習志野花輪病院に入院し、同年七月一日から平成三年二月二五日まで同病院に通院し、右傷害のために必要な治療を受けた。
(2) 反訴原告織戸は、建物解体工事・建材卸業等を主たる営業目的とする反訴原告会社の代表取締役であるが、右傷害により、本件事故後平成二年一一月三〇日まで従前の労務(ダンプ・重機の運転及び土砂・廃材等の積み降ろし等)に従事することができず、その間月額金一〇〇万円、合計金六〇〇万円の役員報酬の支給を受けられず、同額の休業損害を被つた。
(3) 反訴原告織戸は、平成三年二月二五日症状が固定し、項部・背部筋肉痛、項部筋硬結の後遺障害が残り、右は、自賠法施行令別表第一四級第一〇号に該当する(労働能力喪失率・五パーセント、労働能力喪失期間・五年)。
(二) 反訴原告会社の損害について
(1) 反訴原告会社は、資本金一〇〇万円の反訴原告織戸の個人会社であり、本件事故当時、その実権が代表取締役である同反訴原告に集中し、かつ、同反訴原告には反訴原告会社の機関として代替性がなく、反訴原告織戸と反訴原告会社との間には経済的一体性が存在した。
(2) 反訴原告会社は、反訴原告織戸の入院期間中から退院直後である平成二年七月一〇日にかけて稲吉憲一郎ほか四業者から建物解体工事等の注文があつたのに、反訴原告織戸が前記のとおり就労できないため、これを受注することができず、右工事等の代金合計金三七九二万〇二五〇円に資源回収業(総合)の平均利益率一五パーセントを乗じた金五七四万二〇三七円の利益を得られなかつた。
2 反訴被告らの主張
(一) 右1(一)の主張のうち、入・通院の事実及び反訴原告織戸が建物解体工事・建材卸業等を主たる営業目的とする反訴原告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は争う。反訴原告織戸の受けた傷害は、頸部挫傷、上下肢の打撲であり、入院の必要はなく、三、四週間程度の通院で治癒するものである。就労が不能であつたとしても、その期間は三、四週間程度であり、また、会社役員であるから休業損害は発生せず、発生するとしても、役員報酬部分を除いた労働者としての賃金に相当する分に限られる。後遺障害は存在しない。
(二) 右1(二)の主張のうち、反訴原告会社が資本金一〇〇万円の会社であり、反訴原告織戸が反訴原告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は争う。反訴原告織戸の受傷の程度は軽微であり、反訴原告会社主張の期間も代表者としての職務を遂行するのに何ら支障はなく、現に遂行していた。また、反訴原告織戸がある期間右職務を遂行できなかつたとしても、そのことから直ちに有機的組織からなる法人である反訴原告会社がその主張のように工事を受注することができなくなるとは考えられない。
第三争点に対する判断
一 反訴原告織戸の損害について
1 傷害の内容・程度及び就労不能期間
(一) 反訴原告織戸が本件事故当日の平成二年六月九日から同月一一日まで花輪ケ丘病院に、同月一一日から同月三〇日まで北習志野花輪病院に入院し、同年七月一日から平成三年二月二五日まで同病院に通院したことは、当事者間に争いがなく、甲第七号証の六、八によれば、北習志野花輪病院への実通院日数は、平成二年七月が二四日、同年八月が二二日、同年九月、一〇月が各一〇日、同年一一月、一二月が各二日であり、平成三年一月には通院がなく、同年二月には二五日に一回通院し(以上実通院日数の合計は七一日)、同日症状固定と診断されていることが認められる。
(二) そして、甲第二ないし第四号証、第五、第六号証の各一、二、第七号証の一ないし一〇、第八、第九号証、第一二号証の七、証人鈴木和彦の証言及び反訴原告織戸本人尋問の結果によれば、前記各病院の担当医師は、反訴原告織戸(昭和二〇年生)が、本件事故により、頸椎捻挫、左肘・左肩・右足挫傷、全身打撲等の傷害を負つたものと診断していること、北習志野花輪病院への入院は、医学的見地から絶対に必要であつたとまではいえないが、通院の困難と安静の必要を考えると、一応合理性があり、その期間も不必要ないし不相当に長期に及んだとはいえないこと、反訴原告織戸は、右入院当時には、項部・腰部痛、左肩関節痛及び運動制限、右下腿より足にかけての痛みを訴え、他覚的所見としては、項部筋硬結、左肩皮下血腫、右下腿の腫脹・皮下血腫・知覚鈍麻が見られ、右病院通院中の平成二年八月一三日当時には、右下腿痛、右上肢しびれ、項部・腰部痛、頭痛を訴え、他覚的所見としては、打撲後の筋肉痛、軽度の皮下硬結が見られたこと、反訴原告織戸は、その後もほぼ同様の症状を訴え続け、平成三年二月二五日、症状固定の診断を受けた時点においても、項部・背部・腰部痛を訴え、他覚的所見としては、項部・背部筋肉痛、項部筋硬結が見られたこと、以上の事実が認められる。
(三) 他方、右(二)に掲げた各証拠によれば、本件事故当日の花輪ケ丘病院における診断は約三週間の安静加療を要するというものであり、入・通院中を通じ、レントゲンその他の検査には異常所見がなく、神経学的異常所見もなかつたこと、反訴原告織戸は、前記通院中はもちろん入院中も、反訴原告会社の従業員に仕事の指示をしていたことが認められる。
そして、鑑定人高取健彦は、「本件事故の態様から考えると、反訴原告織戸の傷病名としては、頸部挫傷、上下肢の打撲が妥当である。本件事故時に被害車両に作用した加速度は比較的軽度なものであつたと考えられるので、本件事故と反訴原告織戸の訴える自覚症状との間の因果関係は極めて少ないと考えられる。仮に本件事故の過程により反訴原告織戸の頸部、上下肢の軟部組織に損傷が惹起されたとしても、それは、多く見積もつても三、四週間の通院加療により治癒する程度の軽度のものであり、後遺障害を残す程度のものではなく、また、本件事故後三、四週間の通院加療により就労が可能であつたと考えられる。なお、右自覚症状は心因性に形成された外傷性神経症によるものではないかと考えられる。」との鑑定意見を述べており、また、甲第一三号証(日本交通事故鑑識研究所大慈彌雅弘作成)の鑑定書には、「一般的な乗り物に生じる加速度のレベルや人体実験、他の事故データと比較して、本件事故により、反訴原告織戸の頸部に医師の長期治療を必要とするような日常生活に支障をきたす傷害が生じることは考えられない。」との意見の記載がある。
もつとも、これらの意見は、いずれも加害車両及び被害車両の変形・破損状況の写真又はその写しを資料として加害車両の衝突速度、加速度を推定し(鑑定人高取は、必ずしも明確ではないが、右衝突速度が時速一〇キロメートル以下であつたと見ているようであり、甲第一三号証の鑑定書は、衝突時の押し込み速度が時速約三五キロメートル、滑り速度が時速約二〇キロメートルと推定している。)、これに基づき反訴原告織戸が受けた傷害の程度を判断しているものであり、鑑定人高取が資料とした甲第一二号証の三の写真(実況見分調書添付の写真)の写し、甲第一三号証の鑑定書が資料とした乙第一四号証の三、四の写真のいずれも、右のような推定のための資料として、鮮明度等の点で必ずしも十分なものとはいえない。そして、反訴被告亮司本人は、時速約七〇キロメートルで本件交差点手前に至り、時速約三〇キロメートルに減速した後回転状態(スピン状態)に陥り、同速度で被害車両に衝突したと供述するが、右供述はにわかに信用することができず、反訴原告織戸本人の供述によれば、加害車両の衝突速度は時速約三〇キロメートルを大きく上回つていたものと認めるべきである。したがつて、鑑定人高取及び甲第一三号証の鑑定書の意見は、その前提事実に疑問があるといわざるをえない。
(四) 以上を総合すれば、反訴原告織戸が本件事故により受けた傷害の内容・程度及び右傷害による就労不能期間について、鑑定人高取及び甲第一三号証の鑑定書の意見をそのまま採用することはできないが、同鑑定人も指摘するとおり反訴原告織戸の長期にわたる項部・腰部痛等の症状には心因的要素が相当程度影響しているものと推認され、前記認定の入・通院の経過も考慮すると、平成二年六月三〇日までの入院を含め同年八月三一日までの期間を本件事故による傷害に必要かつ相当な治療期間と認め、かつ、後記認定の反訴原告織戸の職務の内容に照らし、右と同一期間を本件事故と相当因果関係のある就労不能期間と認めるのが相当である(その間従業員に仕事の指示をしていたことをもつて、一部就労していたとまで認めるのは妥当でない。)。
2 右認定に基づき、各損害項目について判断する。
(一) 入院雑費(主張額・金二万六四〇〇円)
一日当たり金一二〇〇円の二二日分として、右主張額を認めるのが相当である。
(二) 通院交通費(主張額・金一〇万三六〇〇円)
弁論の全趣旨によれば、反訴原告織戸が通院交通費として右主張額を支出したことが認められるところ、前記認定のとおり実通院日数の合計が七一日であり、平成二年八月三一日までの実通院日数が四六日であることに照らし、金六万七〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係のある通院交通費と認める。
(三) 休業損害(主張額・金六〇〇万円)
反訴原告織戸が建物解体工事・建材卸業等を主たる営業目的とする反訴原告会社の代表取締役であることは、当事者間に争いがなく、乙第一五、第一六号証、第一八、第一九号証及び反訴原告織戸本人尋問の結果によれば、反訴原告会社は、平成二年二月二六日の臨時社員総会で、同年一月以降の反訴原告織戸の役員報酬を月額金一〇〇万円とすることを議決し、反訴原告織戸は、役員報酬として、同年一月から同年五月までに合計金五〇〇万円の支給を受けたが、本件事故後、職務を遂行することができなかつたため、同年六月から同年一一月までの六か月分合計金六〇〇万円の支給を受けなかつたこと、反訴原告会社は反訴原告織戸の個人会社であり、同反訴原告の職務内容も、受注の際の見積りのほか、ダンプ・重機の運転及び土砂・廃材等の積み降ろし等の肉体労働が多く、右役員報酬はその全額が労務提供の対価と見るべきであり、税務上も給与所得として取り扱われていることが認められる。そうすると、本件事故と相当因果関係のある反訴原告織戸の休業損害は、同年六月から同年八月までの三か月分の右役員報酬合計金三〇〇万円であると認めるべきである。
(四) 傷害慰謝料(主張額・金一五〇万円)
本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、反訴原告織戸が前記傷害により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、金一〇〇万円をもつて相当と認める。
(五) 後遺障害による逸失利益(主張額・金二六一万八五八〇円)及び慰謝料(主張額・金七五万円)
前記認定のとおり、反訴原告織戸は、平成二年九月以降も、ほぼ従前同様の症状を訴え続け、平成三年二月二五日、症状固定の診断を受けた時点においても、項部・背部・腰部痛を訴え、他覚的所見として項部・背部筋肉痛、項部筋硬結の症状があつたものであるが、先に判示したところに照らし、右症状自体心因性のものである疑いが濃く、また、証人鈴木和彦の証言及び反訴原告織戸本人尋問の結果によつては、右症状が反訴原告織戸の労働能力に影響するものであると認めるに足りないから、同原告に後遺障害による逸失利益及び慰謝料を認めることはできない。
3 そうすると、反訴原告織戸の損害は、前記第二、一3に判示した金一三三万六二三五円と右2の(一)ないし(四)の合計金四〇九万三四〇〇円の総計金五四二万九六三五円であり、反訴原告織戸は前記のとおり金三二六万三九一五円の損害の填補を受けたので、被告らが不真正連帯債務として反訴原告織戸に対し負担すべき損害賠償債務の残額は、金二一六万五七二〇円である。
二 反訴原告会社の損害について
1 反訴原告会社が資本金一〇〇万円の会社であることは、当事者間に争いがなく、反訴原告織戸が反訴原告会社の代表取締役であることは、前判示のとおりである。
2 そして、乙第一号証の一、二、第二、第三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし第一三号証及び反訴原告織戸本人尋問の結果によれば、反訴原告織戸の入院期間中から退院直後である平成二年七月一〇日にかけて稲吉憲一郎ほか四業者から反訴原告会社に建物解体工事等の注文ないし引合いがあつたこと、反訴原告会社は、反訴原告織戸が本件事故により傷害を受け、入・通院中であるとの理由で右工事等の受注を辞退したこと、右注文ないし引合いのあつた工事等の代金は合計金三七九二万〇二五〇円であることが認められる(なお、その一五パーセントは金五六八万八〇三七円であり、反訴原告会社主張の金五七四万二〇三七円は計算違いである。)。
確かに、反訴原告織戸本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、反訴原告会社は、反訴原告織戸の個人会社であり、本件事故当時、その実権が同反訴原告に集中していたことはこれを認めることができる。しかし、同本人尋問の結果によれば、反訴原告会社には、本件事故当時アルバイトを含め八、九名の従業員がいたことが認められるし、反訴原告織戸が、一部就労していたとまではいえないにせよ、通院中はもちろん入院中も、反訴原告会社の従業員に仕事の指示をしていたことは先に認定したとおりであり、反訴原告織戸が就労できなかつたからといって、果たして、反訴原告会社において前記業者から注文ないし引合いのあつた工事等を受注することが全くできなかつたとまでいえるかは疑問であり、また、反訴原告会社として他に何らかの対処をすることが可能であつたのではないかとも考えられる。一方、反訴原告織戸が就労できたとすれば、反訴原告会社が右注文ないし引合いの全部について、しかも右注文ないし引合いのとおりの金額で前記業者と合意に達して受注することができたといえるかについても、前記乙号各証及び反訴原告織戸本人尋問の結果によつては、これをたやすく肯定することができないというべきである。そして、本件全証拠によつても、右注文ないし引合いのあつた工事等のうち、反訴原告織戸の就労不能との間に相当因果関係を肯定すべき受注不能分の代金額ないし割合を認定することもできない。
3 そうすると、その余の点について検討するまでもなく、反訴原告会社の主張する逸失利益の損害はこれを認めることができない。
第四結論
以上によれば、反訴原告織戸の請求は、反訴被告らに対し、連帯して、損害金二一六万五七二〇円及びこれに対する本件事故発生の日である平成二年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度で理由があり、その余は理由がなく、反訴原告会社の請求は理由がない。
(裁判官 河本誠之)